3日ほど前だったか、サカサイに俺が前に読んだ知恵の樹の事を話してて、「オートポイエーシスって別に当たり前の事じゃね?」って事になったんだけど、それからなんとなく「何が凄かったのか」について考えてみた。
筑摩書房 (1997/12)
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オートポイエーシスってそうやったんかー!
知恵の樹のあとがきや前書きにも書いてある通り、マトゥラーナとヴァレラは当時クーデターなどで政情が不安定だったチリで、「<どのように知るのか>を知る研究」を行なった様だ。
国の中で色々な価値観を持った人同士が争い合ったのだろう。そんな情勢の中で、どうして自分の価値観を信じ込んでしまうのだろう?と考えた時、「<どのように知るのか>を知る研究」が始まった。
これは「<目の前の赤くて丸い物体は、リンゴだ>と何故信じるのか?」(”信憑構造”と呼ぶらしい)を研究した現象学者のフッサールと、社会的背景も目的もよく似ている。フッサールの頃のヨーロッパは、宗教戦争でプロテスタントとカトリックと色々が争ったり、地動説と天動説が争ったりしてみんなの価値観が滅茶苦茶になった後に、結局それら全てを否定する形で、科学技術がヨーロッパを制してしまった時代だった。
人々は「信憑構造を解明してほしい」というニーズを持っていた。