春休みに入ってから読んだ本5冊。
『ビーイング・デジタル – ビットの時代 新装版』著:ニコラス・ネグロポンテ
ISBN:4756139655:image ISBN:4756139655
MIT Media Labを作った、175種類のモデムを持ち世界中を旅するギリシャ貴族・ネグロポンテ先生(アスキーではネグポンと呼ばれているらしい)が10年ほど前に書いた本。まるで予言書。メディアで借りてしまったので後で買っておく必要がある。
デジタルのスケーラビリティ、インターオペラビリティの真価は、情報にメタデータを付けて送ってエンド側で選別して好みの形(新聞、映像、食パンに焼き付けて食べながら読む…等)する事ができるからだ、とか、エージェント的なそういう考え方がこの本できっと広まったんだろうなと思う。今頃になってRSSとして持て囃されてる。
個人的にも、「bulkfeeds+ThunderbirdのRSSをメールの様に扱う機能」は重宝している。これでAVRに言及したblog/newsのほとんどに目を通せちゃったりする。
情報/通信の話的に、ライブドアとフジテレビの例の話の核心がこれにある気がする、まあどうでもいい。
メディアのアイディア的にも、これ最近見たってのがある。夏合宿のメガネはこの本の「10万ビットを1ビットに圧縮する方法」だし、「言葉を覚えるのと同じようにして子どもが数学を学べる数学の国」とかはまんまアレだ。oIoだ。
「Faxは情報システムの深刻な汚点で、お茶の葉っぱでも送りあう方がまだマシ」らしい。俺も最近本当にそう思う。
マーヴィン・ミンスキーの『心の社会』(ISBN:4782800541)も読みたくなった。
『入門インテリアパース』著:中善寺多加敏
ISBN:4782497067:image ISBN:4782497067
臼井さんに教えて貰った本。
この本を見ると、だらだらやっても6時間ぐらいで一消点透視図が描けた。
こうなる
① ②
③ ④
段ボールでプロトタイピングした操作パネルとかと合わせて楽しげな手法ができる気がする。
『知られざる特殊特許の世界』著:稲森謙太郎
ISBN:4872335260:image ISBN:4872335260
トンデモ本ではなく、とてもわかりやすい良書だった。
特殊特許を例に挙げて、なんでこれが特許にならなかったのか/なったのかを説明してくれている。逆さヒザ落としとか。
自然法則を使った技術的思想で、公知ではなく、既存技術に比べて進歩性があれば特許は取れる。これは、俺はあんまり詳しくないけど正月に書いたレッシグ先生の本とかの「何で知財なんて存在するのか」という話と一緒に考えるとわかりやすい。
とにかく、弁理士雇う金さえあれば特許は簡単に取れる事がわかった。強い特許を作れるかは別として。
『思想としてのパソコン』著:西垣通, フィリップ ケオー, A.M. チューリング, ダグラス・C. エンゲルバート, テリー ウィノグラード, ヴァネヴァー ブッシュ, J.C.R. リックライダー, テッド ネルソン
ISBN:487188497X:image ISBN:487188497X
初期の大型コンピュータから今のパソコン、さらにこれからのコンピュータを考える上でとても大事な7人の論文を集めた本。これにアラン・ケイとマーヴィン・ミンスキーを加えれば大体okらしい?
思考のための道具として発展してきた様を軽くまとめてみた。
■1章「われわれが思考するごとく」ヴァネヴァー・ブッシュ (1945年)
戦争が終わった後に、科学者は何に向かえば良いのか?
コンピュータは反復的な思考に、人間は創造的な思考に長けている。
我々は思考する時、大半の時間を調査に充てているが、これはコンピュータの得意とする反復的思考だ。
机型の情報貯蓄/検索デバイス「memex」を作ろう。memex内に貯蓄された事項同士がリンクされ、リンク毎に新しい本になる。
■2章「コンピュータと知能」A・M・チューリング (1950年)
姿や声を隠した2人のどちらが機械かを見破れなければ、その機械には知能がある(チューリングテスト)
知能があるコンピュータを作りたいけど、成人の精神を模倣するのは難しすぎる。出生時から積み重ねた経験が大きい為だ。
それなら、推論と学習機能を持つ小児機械を作り、教育を施せば良いのではないか?
■3章「ヒトとコンピュータの共生」J・C・R・リックライダー (1960年)
思考する時、事務的な単純作業に時間の大半をかけている事がわかった。
人間には目的を指示すれば十分だが、機械には過程を指示しなければならない。人間の方が柔軟だが、機械の方が単純作業は速い。だから、人間と機械は互いに補い合った方が良い。
人間が過程を全て考え、プログラムしてからコンピュータにシミュレートさせるよりも、対話的に少しずつ作業させた方が効率的だ。
対話を実現する為に、大型コンピュータに沢山の小型端末を接続し、リソースを分割する「タイムシェアリング」を使う。
■4章「ヒトの知能を補強増大させるための概念フレームワーク」ダグラス・C・エンゲルバート (1962年)
AIではなく、IA(Intelligent Amplification)。
ヒトの知能を補強増大させる為に、人が物事を理解/分離/解決するフローから、H-LAM/Tシステム(Human using Language, Artifacts, and Methodology, in which he is Training)を考えた。
人は行動する時、プロセスが状況に合わせて階層構造を取るレパートリーを使いシンボル操作をする。例えばコピペが使えるようになるだけで、文章の書き方が変わり、人の思考プロセスにまで影響してくる。
■5章「インタラクティブ・システムとバーチャリティ設計」テッド・ネルソン (1980年)
システムの実装よりバーチャリティの方が重要。システムの概念構造と感覚の設計。10分で理解できないバーチャリティは駄目。
MITの「データランド」は凄い。うちの「ファニーフェースソフトツリー」もすごい。
情報を蓄積と公開の為のスーパーライブラリシステム「ザナドゥ・ハイパーテクストシステム」を作りたい。コンピュータに溜まった情報に、コンピュータでアクセスする。映像も文章も写真もなんでも保存できる。蓄積される情報にアクセスする時のフロントエンドはユーザが自由に選べるようにする。
こういうインタラクティブシステムの設計は、従来のコンピュータサイエンスで教わる事では無い。システムの設計の後にフロントエンドの設計をするのは駄目なパターンの典型だ。
■6章「協調活動の設計における言語/行為パースペクティブ」テリー・ウィノグラード (1988年)
システム設計の為にパースペクティブが必要だが、現場における言語/行為のパースペクティブからデザインしてみようと思った。ワークプレイスの中で、情報を受け、解釈し、行動したり人に伝えたりするのを分析した。
他人に対して主張/命令/委託/宣言/表現をしている事がわかったので、より会話構造を明確化してメッセージ交換できるようにするシステム「コーディネータ」を作った。メニューから会話の意味を選んだ後、普通に文章を打ち込んで送るだけだ。
こういうのを導入する時に、既存の権力構造と違うネットワークができてしまうので嫌がられたり、そもそも病院等ではインフォーマルな情報交換の方も重要だったりと色々問題もある。
■7章「サイバースペースの陥穽」フィリップ・ケオー (1994-1995年)
技術の進歩が持て囃されてるけど、アメリカの裁判ではコンピュータのシミュレーションが「証拠」として提出され、陪審員はこれが真実だと思いこんだりしている。全ての情報が正しい物かどうか疑わしい。
また、サイバー・エコノミーを理解するには暗号化/著作権/デジタルマネーを考えなければならない。どこまで保護しなければならないかは議論の余地があるが、このままでは標準を作るマイクロソフト等が全てを握ってしまう。作り手/運び手/受け手のバランスが変わる事も踏まえつつ考えるべき。
また、この本からの参照で
-『アラン・ケイ』アラン・ケイ(ISBN:4756101070)
-『心の社会』マーヴィン・ミンスキー(ISBN:4782800541)
-『コンピュータと認知を理解する』テリー・ウィノグラード、フェルナンド・フローレンス(ISBN:478285126X)
も読む必要があると思った。
『新ネットワーク思考ー世界のしくみを読み解く』著:アルバート・ラズロ・バラバシ
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ネットワークという概念を学問まで高めた一人らしい。
人間の代謝物の変換の流れも、下水管や道路も、アルカイダの組織も、世界を包むインターネットも、その上のWWWも、スケールフリーネットワークのトポロジーに沿っている。ノード間を結ぶリンクはランダムに形成されるのではなく、多数のリンクを集めるハブと末端のその他に分かれる結果を生む「リンクの優先度」がある筈だ。それは、古いノードだったり、知識が多い人だったりと、何らかの価値だ。
スケールフリーネットワークはロバストネスに優れ、8割のノードを失っても全体のリンクが切断されない。
また、ノードの持つリンク数とそのノード数のグラフはベキ法則になる。
今考えれば、下水管がランダムに接続されてる筈無いじゃんと思うけど、でも昔はランダムだと思っていたんだろう。そういう風な、当たり前の事に気づいて、読み解いて、学問になっていく過程も描かれていて面白い。
以前マイコン間の有線ネットワークが必要になって、その時思いついたのがリング状だったりスター型だったりして面白かった。結局トランジスタでフローコントロールした。今当たり前に考え付く事も、昔誰かががんばって見つけ出したんだなあと、こないだ時友人と呑んだ時話した。
学問なんて無くても実践する事はできる、という事でもある。他者と論理を共有して話し合う為の共通言語が学問だと思った。最近色々調べていると、俺が知っている事に名前が付けられていく感じがするんだけど、これは学問を発展させる為に過去をおさらいしてるって事なんだろう。
あー疲れた